次の日は、まだ寒いとはいえ、よく晴れた空が広がっていた。
強い日差しが私に更に明るい未来への展望を与えてくれる。
既に、あの出来事についてはアンドレには告白した。随分気持ちが楽になったもんだ。
そして、この晩、私はついに気分良く素晴らしい快眠をとることができたのだ。
もう一週間になるが、”私”に遭遇して以来、あの夢を見なかった夜は初めてだ。
午前10時。私達はフェルカ通りを歩いていた。
アンドレが一緒という事実が私にはとても心強く感じられた。いくら私がハンガリー語が上手く喋れても、やはりネイティブの人と円滑にコミュニケーションをとれるのは彼女のほうだろう。
初めに聞き込みをした人物はハウスキーパーだった。
建物の清掃から戻ってきた際に声をかけた。階段にモップをかけたり、エレベーターや照明のチェックをすることを生業とする彼女は、一階にある小さな部屋に住んでいる。
沢山の質問をさせてもらった。
私に似ている人物がここに住んでいないかと尋ねると、私の顔をまじまじと舐めるように見た後、「居ない」と言った。
アンドレは、どれくらいここで働いているのかと、そのハウスキーパーに尋ねた。
その答えは、21年。居住者全員を知っているかとの問いには、「知っている」とのこと。最近新しい家族等は入ってきてないかとの問いには、「居ない」。
そして最近、私に似た人物がここから入居もしくは転居していないかとの問いにも「居ない」とのこと。
私達は彼女に礼をしてその場を離れた。
外の通りに出た私達はお互いに怪訝そうな顔を見合わせた。
全ては私の空想だったのか、そんなことを頭がよぎった。
「もしかしたら、この辺りの人では無いのかも」
私が気をやんでいるかと気にした彼女はそう言ったくれた。
「もしくは......」
私が続けた。
「多分、彼は別の建屋に住んでいるんだ。あの酒蔵がある建物とか、私は結局、彼を酒蔵の中で見つけることは出来なかったし」
「そうね、あるかもね、じゃ、行ってみましょう」
私達はジョージー通りに移り、酒蔵の外で立ち止まった。
「それで」
アンドレは酒蔵へと続く階段を見下ろして
「ここがあなたが私をほうっておいて、連日、来ては時間をつぶしていた場所ね!」
私は顔が紅潮していくのを感じた。
「ごめん」
「冗談よ、ダーリン!」
彼女は悪戯っぽく笑っていた。
「見て、この建物の区画のメインエントランスは酒蔵の入り口の隣になっている。雪の降る暗い夜に、その人がどっちに入って行ったかを間違えるなんてことは、これなら起こりえそうだわ」
「確かに君の言うとおりだ」
しかし、雪の中、つかない足跡に関してはどう説明がつくのだろう。私にはずっと引っかかっていた。
建屋に入り、私達はもう一人のハウスキーパーに会った。
今度は、ここで働いて20年になる50代と思われる男性だ。
私達は先のハウスキーパーにさせてもらったのと同じ質問を彼に問いかけた。
しかし得られた答えも先に聞いたのと同じ。彼も又、私と似た男など見たことがないと言う。
彼の答えに私は意気消沈した。アンドレが、やはり私がおかしいのではないかと勘繰るのではないかと不安だ。
そんなことを考える私の手をアンドレはとり
「ちょっと!元気出して!」
彼女は笑っていた。
「ねぇ、あなたの大好きなあの酒蔵で飲まない?」
そういうと彼女は目を丸くする私を尻目に、酒蔵へと続く階段をカツカツと降りていった。驚いた私の返事など待つこともしない、彼女の後にそのまま続くしかなかった。
バーマンは私を温かい笑顔で迎えてくれた。
「友達は友達を連れてくるもんだな」と彼なりのジョークを言っていた。
私は彼にアンドレを紹介し、私達はワインを片手に酒蔵の角に立って、今までのことを話し合った。
「アンドレ。全てにおいて重要なことが一つあるんだ」
「妙なことを言っていることは解っているが、私が思うに、彼は私に似ている人物ではない。彼は”私”だった」
この意見については、私がアンドレに告白した際に既に話している。その時は彼女は笑って有り得ないと言った。しかし私は心の奥底で、この説は間違っていないと信じていた。
「けど、ジョン」
彼女は言った。
「いったい、何がどうなって、そんな事に?」
「解らない」
「ただ、そう感じるんだ。だから私達はこの辺りの建物に住んでいる誰かを探すべきではない。多分、探すべき人っていうのは。。。うん。。。この世のものでない誰か。そしてそれは、今の私なんじゃないかって思えるんだ」
アンドレはしばらく固まっていた。強い眼差しで真剣に私を見ている。
「ジョン」
彼女は重そうに口を開いた。
「ちょっと待って...だとするとあなたは一体何?そんなようなこと初めていうわね。それは一体どういう意味?」
「それが解ってたら楽だろうな」
頭を抱えた私は難しそうに続けた。
「私に言えることは、私の頭の中で妙な考えが在って、そいつらが、これは起こりうることなんだって主張しているんだよ」
会話がなくなると共に私達は飲むのを止め、酒蔵を後にした。
帰り道、私は話を切り出した。
「アンドレ、信じてくれ。君の助けが必要だ。今、私に何が起こっているのかを感じて欲しい」
「信じようとしているわ、ダーリン」
歩きながら彼女は私に向き直った。
「ただ、すごく難しいわ。受け入れることが難しい」
「アンドレ、そうだな。でも、それは私もそうなんだよ」