時は過ぎ、八月に入るとアンドレはゾルツとする仕事を辞めた。
この夏の休暇は私達のマンションの小さな一部屋を幸せな色に塗り替えることに時間を費やすことにしたのだ。もちろんこれから生まれる私達の家族の為に。
そして9月16日。女の子を授かった。
私達は彼女をケイティと名づけた。
それからというものの、その赤ん坊は両親の今までの人生、身の回りを大きく変えていったのだ。
大変だったが、私達はとても幸せだった。そしてフェルカ通りで起きたことなんて忘れていた。
私達はクリスマスは家族を連れイギリスに帰ることに決めた。両親にケイティを会わせたかったし、これはいい機会だった。
すぐに赤ん坊を連れての休暇が簡単でないことに気がついた。あなたは色んなものを持っていかなければならない!準備が出来るまで相当な時間がかかってしまった。
フライトは12月22日、ブダペストからロンドンのヒースロゥ行の便。
私の両親は空港で私達をピックアップしてくれた。空港からスウィンドンの隣村にある私の実家まで、およそ10時間程のドライブだ。
家に着くなり、みんなが歓迎してくれ、親戚含め、みんな喜んでくれた。
アンドレにとっては、これでようやく3度目の私の実家の訪問になった。そしてこれが彼女にとって2度目のイギリスでのクリスマスだ。今回は新しい家族を一緒に連れてきた。
当然の事だが、ケイティは皆の関心の中心だった。
翌日、母が「ケイティの面倒は私が見るから、あなた達はスウィンドンでクリスマスショッピングでも楽しんで来なさい」と言ってきた。ケイティを構いたい気持ちを隠すことが出来ていない。
私達は遠慮なくスウィンドンに行った。町はカラフルな光で装飾され、クリスマスツリーを至る所に見ることが出来た。
世話しない雑踏の多くの店がクリスマスプレゼントを買いに来た客で溢れている。
私達はショッピングを楽しみ、予め用意していたハンガリー式クリスマスの物に加え、更にプレゼントを買った。
この夜、父は会社でのクリスマスディナーに出席していて、アンドレはというとショッピング帰りで少し疲れていたようだ。なので私は古い友人に会えることを期待して、村のパブに向かった。
2人の隣人を発見し、しばらく話したが、残念ながら親しい友人は来ていない。ちょうど私がパブを出ようとしたときに、ポール ハリスは中に入ってきた。
ポールは私の学生時代の親友の一人だ。私の最近の何回かの帰郷の際には彼は村に居なくて遭えなかったが、ここで再会できた。彼は卒業以来、ジャーナリストで色んな所に住んだと聞いている。
「ポール!」
彼がパブに入ったところを見るなり私は彼の名を呼んだ。
「ジョン!」
「おまえと会えるなんて!」
「久しぶりだな!」
「ちょうど店を出ようとしたんだ。知っている顔を見かけないもんでな」
「いや」
彼は少し悲しい表情を浮かべた。
「殆どの奴等はもう居ない。別の場所だよ。仕事や妻のおかげでな!」
「何飲む?」
私は聞いた。
「俺はパイントだ。頼む」
我々はそれぞれ1パイントのビールを持ってパブの角の静かな場所でお互いの近況を語り合った。
「家族のところに戻るさ、クリスマスの為にな」
「自分のか?」
私は彼の妻のリズのことを頭に浮かべ聞いた。
「そうじゃない」
彼はビールを下に見たまま答えた。
「リズは去年の夏出て行ったよ」
「気の毒に」
私は答えた。
「何と言ったらいいか」
「心配するな、もう最悪な事は終わったんだ。ほら、今度はお前の事を話せよ。母さんが言っていたが子供が生まれたんだって?」
私はケイティ、そしてアンドレ、ブダペストでの生活の事を話した。
その後、2、3杯のビールを飲んだ後、”私自身”に会ったことも。
彼は私の古い親友だ。こんな話でさえも真摯に向き合ってくれるはずだ。
「ジョン、面白いな」
彼は笑いもしなければ、馬鹿にすることもせずに何か思い出そうとしているようだ。
「同じような話がある。- ドッペルゲンガーと自分自身に遭遇する人々 - 俺が携わった雑誌にそんな記事があった」
「読んだか?」
私は有力な情報が得られるのではないかと期待した。
「最初の部分だけだな、けど俺が覚えているのは、それを体験している人なんて何処にでも沢山いるということだ」
「そうなのか?それはいいニュースだな。私は自分が本当におかしな何かになってしまったんじゃないかと思っていたからな!」
「それは違う、ジョン。お前はそうじゃない」
そういって彼は微笑んだ。
「けど気をつけろよ、殆どの人がドッペルゲンガーを見た後、何か悪いことが起こったって話だ」
「ああ、ブダペストにあった本でな、そのことは知っている。とにかく私一人じゃないって事が知れてよかった!」
「どうやら少しは安心してくれたようだな」
彼は真剣に顔になり続けた。
「その雑誌の記事で俺が覚えているのは、ドッペルゲンガーが、その女性に息子を学校まで毎日、車で送っていくのは止める事を忠告しようとしたそうだ。彼女はそれを無視してた。そしてその日のうちに事故に遭った。それで彼女の息子は死んだんだ」
「本当か!?」
「そう、多分、お前も気をつけるべきだぞ」
「そうだな、そうする。心配しないでくれ」
一方で、自分の身に起こったことがそれほどレアでないことに安心した。だが一体、私のドッペルゲンガーは私に何を伝えたかったのか?それを考えると妙に落ち着かない。だから私は、それらは忘れてクリスマスを楽しもうとした。それは簡単ではないけれど。
残りの休暇、イギリスでのクリスマスはあっという間に過ぎてった。
私達家族は美味しい食事をとり、ゲームをして、友達や親戚を訪ねた色んな場所に行き、本当に楽しい時間を過ごした。そうしてすぐにハンガリーに戻らなければならない時を迎えた。
私達は12月29日の便で戻り、雪に囲まれた田舎にあるアンドレの家族の下で年末年始を過ごした。家からそれほど出ずに、座ってテレビを見ている以外、特にすることがなかったのは、やはり雪のせいかもしれない。
私はドッペルゲンガーの事を次第に考えるようになっていった。あの出会いには一体どういう意味があるのか?”彼”が伝えたかったことが何なのか?
アンドレは私が彼女の家族と過ごすのを楽しんでいないと言う。私が何故かと聞くと、彼女は怒り喧嘩に発展した。
「すっかり、あんな馬鹿なこと忘れていると思っていたのに!」
「アンドレ、そうしようとしている。けどまた考えてしまうんだ。また戻ってしまうんだ」
「そう?あの時、別れてしまったほうがよかったのかも知れないわね!」
「私は、家族を大切にしている人がいいわ。妻と会話して娘と遊んでくれる人よ。一日中座ったまま、家の中でぼーっとしている人なんか誰が必要とするの!」
そういうと彼女は部屋を出て行った。
私はアンドレが疲れていて、もっと家族に気を配ってほしいと願っていることは解っている。なのでそうしようとはしていた。ところが理想とは程遠い時間が過ぎていき、そのまま私達はブダペストの自宅に戻ってきた。
そして1月5日、いつもと同じように出勤した。