第十三章 逃れられない事


時が流れるのはあっという間だ。
私とアンドレはまだ同じマンションに住んでいる。同じベッドで寝て同じ食事を食べ、愛娘の世話をする。しかしこの時、私たちの仲は冷えきっていた。まるでジャノス サボゥが私たちの間に立っているかのようだ。
私は一日の多くの時間を仕事で費やし、土曜日もよく出勤するようになった。私は週に2,3回はゾルツのバーに顔を出し、2,3杯のワインを飲んだ。アンドレはというと週に2回の夜、ヨガレッスンに通った。
そんな生活の中、ゆっくりと状況が変わっていった。
8月にケイティを連れての2度目のイギリス帰郷をした。この時、私達はとてもよい時間を過ごした。イギリスはブダペストから遠く離れている。日常を離れ、普段とは違うものを見て、普段とは違うことをして、友人、そして家族を訪ね、私はドッペルゲンガーの事を忘れることが出来た。
もちろんケイティは皆から愛された。彼女は小さく愛くるしい天使だ。
この時は再びアンドレと私の信頼を築くまたとない機会になった。
あの夏、ケイティを初めて海に連れて行った時が最も素晴らしい時間だったんじゃないだろうか。波打ち際ではしゃぐ彼女を微笑んで眺める私達に仲たがい等起こるはずがない。
9月になり、家に帰ってきてからも私達の状況は好転していたかのように思えた。
私は仕事でかなり大きな仕事を任された。以前よりも更に仕事に時間をとられるようになった。
行動力のあるアンドレはまた働きたいと言いはじめた。私たちはケイティを託児所に預けることにした。清潔で賑やかな場所だ。最初は午前中だけだったが、ケイティはそこを気に入ったようで11月からは彼女を一日預けることにした。アンドレは自宅と託児所で少しのハンガリー語のレッスン、それと週2、3日に、またゾルツのバーで働くようになった。
いつの間にか私達の間の問題は遠くに消えたかのように思われた。
私達はクリスマス休暇を自宅で過ごし、幸せな家庭そのものだった。そして年始はいつものようにアンドレの家族の元で過ごした。ここでも我々は素晴らしい時間を過ごした。
1月6日から私は仕事に戻った。気持ちを切り替えた私は、今の仕事が片付くのはいつかとスケジュールを確認した。
その時、私の中に突然、あの出来事の記憶が蘇った。再び1月18日がもう直ぐ近くに迫っている。アンドレに話したい衝動にかられた。しかし、せっかく円満になったというのに、この状況に亀裂が走るのではないか?そう思うと、おいそれと話せるものではない。
孤独だ。”あの日”はすぐそこだ。大きな何かに迫られながら、私は独り。どうすることも出来ない。

前の2年の1月18日に何があったかを思い出させるように、私はまた夢を見た。
例の悪夢だ。
フェルカ通りのドア、どこか近くでの衝撃音、走る男、地面に倒れる私。
通りに向かって走り去る男。追っていく私。
そしてこの時、ジョージー通りには破壊された地下酒造場があった。
瓦礫に囲まれる中、男は必死の表情で血眼になって何かを探していた。

「助けて!」
真夜中の暗がりの中、私は叫び声をあげると同時に身体を起こした。涙が出ている。
ひどい恐怖に襲われて身体の震えが止まらない。
アンドレも起きた。
「何があったの、ジョン?」
彼女は何事かと思ったようだ。
私は何かにすがるように無意識に彼女を抱き寄せた。