静寂に包まれ日曜日は始まった。
私もアンドレもこれから何をすることになるのか、また、何が起こるのかを掴めないままで、お互い口数が少なかった。
午後3時、ケイティの世話役を押し付けられたぺトラが来てくれた。
「2人とも、どうしたの?」
いつもと様子が違うことを悟ったぺトラは、私達がコートを羽織った際に、口を開いた。
「ティーパーティというよりも、まるで親族の危篤をお見舞いに行くみたいよ」
不安なまま家を出ることになる。ケイティを抱くぺトラはポーチで見送ってくれた。笑顔で別れようとしたが上手く笑えていたかは自信がない。
”再会”の時間までしばらくある。その時まで私達は歩いて時間を潰すことにした。
マルギット島に行くことにした。ドナウ川の真ん中に位置する、自然溢れる小島だ。私達は大きな木々の木漏れ日があり、鳥達の泣き声が聞こえるこの島を気に入っていてよく散歩をした。ケイティを連れて美味しい空気を味わえるのは幸せだ。
しかしこの時、例え冬の晴れた気持ちのいい午後でも、これから起こる特別な事が頭から離れずに空気は重いままだ。
緊張と不安から我々の口数は少なかった。
午後5時45分。私達は大きな灰色の川を渡り、13区の通りに戻ってきた。
6時半。我々はフェルカ通り7番地の反対側に立っていた。人影のまばらな通りは、すっかり暗くなった。
「ジョン、何処で待てばいいの?」
「こちら側の道に居てくれ。時間が来たら私は向こう側の、あのドアの側に立つ。何が起こるのかは定かではないが君はよく見て、よく聞いていてくれ」
6時50分。私は道を渡った。
静かだ。
周りには誰もいない。
私とアンドレの二人だけだ。
ふと私は何かの音を聞いた。ドアの内側からだ。
直後、中のドアが閉められた。私は向かいのアンドレを見た。彼女には特に何も変化は無い。
誰かの走る足音が聞こえる。
ドアが開けられ、走る男が飛び出して、そのまま私にぶつかった。
また突き飛ばされた私は叫んだ。
「く...おい......!」
振り返った男は私の顔を持っていた。
「すまない」
彼はハンガリー語でそう言った。
男は直ぐに走り出し通りの外れに去っていく。
私は立ち上がった。
アンドレは立ったまま私を見ている。
私に何があったか彼女にはわかっていないようだ。
「走るぞ!」
私は叫んだ。
「奴を追うんだ!」
私は走り、通りの外れからジョージー通りに入った。男は丁度ワインバーに降りようとしている。直後アンドレが追いつき私の側に立った。
「あそこだ!見たか?彼は酒蔵に降りていった。行くぞ!」
私はアンドレの手を引き、ゾルツのバーに走っていった。階段を降りてドアノブを持ち、開けようとした瞬間。
閉まっている!
そう、日曜日の夕方。ゾルツのバーは通常閉まっている。大切な何かを逃した後の脱力感からか、私はその場で階段に座りこんだ。ドアを見つめて消沈している私の隣にアンドレも腰をかけ、私の肩に手を廻した。
ふと彼女を向くと彼女は妙な目で私を見ている。
帰り道、私たちは起こったことについて話した。
「去年と全く同じだった、全く同じだ!」
「ジョン、けど私は何も見なかったし、何も聞こえなかったわ。私が見たのは、あなたが倒れて叫んでいるところ。他に何も特別なことは無かった。とても奇妙だわ。どういうわけか突然、あなたが倒れたの」
アンドレの言葉を最後に、それ以降の帰路では黙ったまま家に着き、ぺトラが家を出て行った後も、その夜、私達は殆ど喋らなかった。
去年と違い今年は雪がなかった。そのため、足跡が残らないことは確認できなかった。それと男が入っていったゾルツのバーは閉まっていた。それらを除いては去年と全く同じ。全く同じだ。
この夜、私はまた夢を見た。
私はビルの外に立っていた。
また別の音が聞こえる。今までよりも長い。
ドアが開いた。
走り出てきた男は私にぶつかり、また私は倒れる。
彼は振り返り「すまない」と言った。
そして私が彼を見た時、彼は、私の見た私だった。
妙なことに、毎回私が夢を見る度に、あの音がだんだん大きくなっていく。
そしていつものように恐怖に起こされ、ひどい悪寒を感じるのだ。