第十章 小さな歴史


次の月曜日。特に重要な仕事は2,3日の間は無い。私は上司に少し間の午後休暇を申請した。アンドレが体調を崩したので、午後には赤ん坊の世話含む家事を手伝いたいというのを理由にした。彼は快く了承してくれた。イギリスからの大きな仕事が入ってくる向こう1,2週間の間は午前中だけの勤務で構わないというのだ。
何をしようとしているのかはアンドレには言わないことに決めた。彼女は私の我侭を聞いてくれ、不本意にも日曜日に”私”に会いにいくのについて来てくれた。もうこれ以上この件で彼女に気分を害してもらいたくないし、心配をかけさせたくない。
1月19日午後2時。私はブダペストの図書館で沢山の大きな本を目の前に積んでいた。正確に言えばこれらは本ではなく、新聞紙を束ねて本状になったものだ。全貌を突き止めるために、毎年の1月18日にブダペスト13区で何が起こっているのか調べてやると意気込んだ。調査の対象の新聞はハンガリーの中で良く知られている一つに絞った。いつの時でもブダペストで何が起こっているのかの沢山の記事を掲載してくれている。
図書館員に、この新聞で毎年1月のものを集めてもらい、10年前から調べ始めた。
それぞれの年のブダペストの記事を見ていった。特にドッペルゲンガーに会う日の前後一週間の1月12日から25日。1月18日を注視したことは言うまでも無いだろう。
予想以上に困難で時間がかかった。午後5時の閉館まで最初の10年間分の1月しかこなせなかった。私のハンガリー語は悪くはないが、まだ古い新聞を読むにはそれなりの時間がかかるようだ。
翌日も、その翌日の午後も図書館に行った。ブダペストに関して多岐に渡り沢山の発見をした。よく目についた記事は1990年より以前、もちろん共産党についてだ。共産党の派閥と東ヨーロッパの国々からの移民についての記事が次から次へと出てきて、私はどんどん深い過去へと入り込んだ。
時折、13区についての記事を見かけるが興味深いものは無い。かつフェルカ通りに関しては記述さえ見つけられなかった。
もう何も見つけられないのか、もしくは19世紀以前にまで遡らなければならないのか。ため息ものだ。
土曜日、アンドレには会社で会議があると言って、私は一日中いるつもりで8時半に図書館に行った。午後を過ぎた頃、1940年代に差し掛かった。
1945年の1月19日に差し掛かった頃に閉館の時間を迎えようとしていた。この時、あるブダペスト関連記事の下部にあった活字が疲れきっていた私の目に入ってきた。
それは私に衝撃を与えるには十分だった。それはハンガリー語で
若母とその娘、戦争終結のペストにて殺害
記事によると、第二次世界大戦の渦中にあったこの日の前日(1月18日!)はペストに駐屯していたドイツ軍と、それを包囲していた数に勝るロシア軍が正に陥落を迫り戦争が終結する時だった。
記事はペストにとって幸福の日であり、13区の人々にとって悲しい日だと伝えている。
「ロシア軍の爆撃がジョージー通りの建屋に直撃するも爆発はしなかった。しかし地下酒造場が破壊され居合わせた若い母親とその娘が殺害された。死亡した母親の姓はサボゥとされる。」
記事のコピーをとり家に帰った。アンドレに何を見つけたかを話すことを決めた。


「何処にいってたの?」
「どういう意味だ?」
私は逆に聞き返した。
「会社に電話したわ。午後はケイティを連れて外出するということを伝えるためにね。そしたら受付はあなたは来ていないって教えてくれたわ。そして会議もないってね」
アンドレは憤慨していた。私は床に目を落とした。
「ねぇジョン?」
彼女は続けた。
「今まで何処に行ってたの?フェルカ通りかしら?ジョージー通り?それともまた別のおかしな通り?」
「アンドレ...新聞を読んでいたんだ。」
私はポケットからコピーを取り出した。彼女はさっと読み
「で、この愉快な記事をどう思っているの?」
彼女は明らかに怒っている。
「うん、日付だ、そして道。どっちも同じだ。1月18日のジョージー通り」
「で、これから何をしようってゆうの?」
「そうだな、私達はまずサボゥの家系の人を探し出すことをしなければならないだろう。恐らく今でもあの辺りに住んでいるはずだ」
「"私達"っていうのは止めて。言ったでしょう。先週の日曜日、これが最後だって。で、どこのビルよ?フェルカ通り?ジョージー通り?」
「解らない。けど考えてみてくれ。1月18日、私のドッペルゲンガーはフェルカ通りのビルから出てきて、ジョージー通りに走っていった。多分、人々は戦火を 逃れる為に皆、自宅にこもっていたんだ。彼は友達の家を訪ねていた時に爆撃の音を聞いたんだ。そして何が起こったかを見る為に、走って友達の家を飛び出し たんだ。つまり彼の家はジョージー通りにあったということだ」
「面白い推理。話を作り上げるのがお上手ね、ジョン」
そういうとアンドレはベッドルームに入り激しい音をたてて扉を閉めた後、鍵を掛けた。
「アンドレ!」
私は扉の向こうに声を届けるように彼女の名前を叫んだ。
「ようやく発見したんだ。どうして解ってくれない?もしこのまま何もしないままだったら私は一生あの悪夢から離れられない!真実を知らなければならないんだ。どのみち私にとってとても重要なことなんだ。この出会いには必ず重要な意味がある!」
扉に向かって声を発したが反応が無く、私はその場で立ったままどうすることも出来なかった。
数分後、彼女はベッドルームから出てきた。外出の身支度を終えている。
「聞いて、ジョン」
振り返ると彼女は言った。
「結構よ。あなたのやりたいようにやればいい。ただ私には何の期待もしないで。いい?」
彼女はケイティを抱え、コートを着込んだ後、足早にマンションを出て行った。