1月の月曜の夜。仕事を終えた私は凍える寒さの中、家路を歩いていた。空を見上げると、いくつかのまばらな雲がビルの間から覗いていた。
ハンガリーの首都、ブダペストのメインストリートから程なく離れた13区の辺り。通りは暗くて狭く、歩く人並みは少なかった。
この夜は特に静かで、まるで街が何かを待っているような印象を受けた。
私は歩きながら職場で起こったことを考えていた。
ハンガリー人の同僚とのディスカッションで激しく対立したのだ。それは私がここに来て以来の深刻な事態にまで発展した。
どうすればいいのか考えをめぐらせるかたわら、家では妻のアンドレが得意料理の一つの美味しく温かいスープを用意してくれている事に期待した。
5分後、雪がひどく降り始めた。程なくしてストリート一面は雪に包まれ完全に真っ白になった。
特に暗い通りに差し掛かった頃。歩いていると突然、ドアを激しく閉めた騒音が響いた。どうやらビルの中のようだ。
そして私は誰かがビルの中を走りぬける音を聞いたのだ。
突然の出来事だった。
通り沿いのビルのドアが開き、出てきた男が私に正面からぶつかってきたのだ。
たまらず私は雪のマットに尻もちをつき、雪しぶきが舞い上がる。
「なにしてんだ、気をつけろ!」
私の声は静かで真っ白な辺りに響き渡った。男は振り返り私をちらりと見た。
「すまない」
とても小さい声のハンガリー語でそう言った後、声の主は静かに歩き去っていった。
その瞬間、私が見たものは何か。
暗い冬の通りで、とても奇妙なもの、そしてとても恐ろしい。
なぜなら、私がみたものは”私”だったのだ。
私の顔が、私を見下ろして、私の口が「すまない」と静かに動いたのだ。